オンライン対戦ゲームにおいて、「ボタンを押したのに反応が遅い」「相手の動きが瞬間移動したように見える」といった現象は、多くのプレイヤーが経験する「ラグ」と呼ばれる問題である。これは単なる通信の遅さではなく、複数の端末が同一のゲーム状態を共有するための同期アルゴリズムに起因する。本稿では、その中でも近年注目を集めるロールバック方式を中心に、ラグの発生原理と技術的な解決策を体系的に解説する。

目次 [ close ]
  1. 第1章 ラグとは何か:遅延の正体を可視化する
    1. 1-1 通信遅延(Latency)の構造
    2. 1-2 同期ズレ(Desync)と表示補正
    3. 1-3 ラグの3形態
  2. 第2章 ロールバック同期の原理とアルゴリズム設計
    1. 2-1 ロールバックの基本思想
    2. 2-2 ロールバック処理の流れ
    3. 2-3 再シミュレーションの要件
    4. 2-4 実装例:GGPOのモデル
    5. 2-5 入力予測と誤差処理
    6. 2-6 通信モデルと負荷設計
    7. 2-7 ロールバック設計の利点と課題
    8. 2-8 まとめ
  3. 第3章 ラグ補正アルゴリズムの比較と進化
    1. 3-1 同期方式の全体像
    2. 3-2 サーバーオーソリタティブ方式との比較
    3. 3-3 クライアント予測+補正方式との比較
    4. 3-4 AI・機械学習による予測の進化
    5. 3-5 体験品質(UX)の観点からの比較
    6. 3-6 ハイブリッド方式の登場
    7. 3-7 まとめ:公平性と快適性のトレードオフ
  4. 第4章 ラグの未来 ― 分散同期とメタバースへの展開
    1. 4-1 エッジコンピューティングと遅延分散
    2. 4-2 メタバース時代の同期課題
    3. 4-3 分散型同期(Distributed Rollback)の構想
    4. 4-4 確率的同期と“許容されるズレ”の時代
    5. 4-5 量子ネットワークと同期の再定義
    6. 4-6 今後の研究と実装への提言
  5. 第5章 結論 ― ラグを「技術的に理解する」という視点
    1. 5-1 ラグは“現象”ではなく“設計”である
    2. 5-2 ロールバック技術の本質:時間の再編集
    3. 5-3 公平性・快適性・演出性の三軸での最適化
    4. 5-4 「ラグのない世界」ではなく「ラグを感じない世界」へ
    5. 5-5 開発者・研究者への提言
    6. 5-6 総括:ラグ理解が体験価値を変える

第1章 ラグとは何か:遅延の正体を可視化する

1-1 通信遅延(Latency)の構造

オンラインゲームで体感される「ラグ」は、往復遅延(RTT: Round Trip Time)に、
ばらつき(ジッタ: Jitter)とパケット欠損(ロス: Loss)が重なって現れる現象である。RTTは概念的に

RTT ≒ 送信待ち + 回線伝播 + ルータ処理 + 受信待ち +(逆方向で同様)

と表せる。遅延は経路の各段で少しずつ積み上がるため、どこか一箇所だけを最適化しても体験全体が劇的に改善しないことがある。

RTTの中身(最小限の早見)

区間何が起きているか遅延が増える典型要因
送信待ちOS/アプリの送信キュー、NICバッファで待機高負荷、送信バッチング、割り込み遅延
回線伝播物理距離に比例した信号伝搬回線種別・距離(海底ケーブル、無線区間)
ルータ処理転送、キューイング、キュー制御混雑、バッファ肥大、AQMの挙動
受信待ち受信キュー~アプリ処理開始までスケジューリング、競合、優先度
逆方向上記が往路とは別経路で繰り返し非対称経路、片方向だけの混雑

Pingの読み替えとフレーム感覚

一般的なPing(ICMP)=60msなら、片道≈30msという目安が立つ(経路が概ね対称で混雑が小さいという仮定)。60fpsのゲームでは1フレームが約16.7msなので、片道30msは約2フレームに相当し、入力から画面反映まで数フレームの遅れとして体感されやすい。
もっとも、実ネットワークでは非対称経路キューイングの影響で片道≠RTT/2となり得る点は押さえておきたい。

フレーム換算の目安(例)

  • 60fps: 1フレーム ≈ 16.7ms → 30ms ≈ 1.8フレーム(体感は約2フレーム)
  • 120fps: 1フレーム ≈ 8.3ms → 30ms ≈ 3.6フレーム

ICMPと実トラフィックの“ズレ”

測定でよく用いられるPing(ICMP)RTTは、ゲーム実装が使うUDP/TCPの実効遅延と厳密一致しない可能性がある。理由として、

  • DiffServ/QoSによりICMPが低優先度またはレート制限対象になりやすい。
  • CoDel / fq_codelなどの遅延・混雑抑制(AQM)が、プロトコルやフロー特性ごとに異なる影響を与える。

    このため、実装評価では実トラフィック条件(実際のプロトコル・ポート・送信間隔・ペイロードなど)でRTT/ジッタ/ロスの分布を別途計測するのが実務的だ。

体験としての現れ方(処理の流れ)

ラグは、次のどの段でも増えうる。いずれの段で増えても、プレイヤーは「押してから動くまでの鈍さ」や「命中/被弾の不整合」として感じる。

  1. 入力の取り込み(クライアント)
  2. ローカル仮計算/バッファリング
  3. 送信(サーバー or 相手機へ)
  4. 相手側の処理(サーバー or 相手機)
  5. ローカル表示への反映

直感的なたとえで言えば、離れた場所でリズムゲームを電話越しに同時プレイしているようなものだ。相手の音が届くまでの遅れが、テンポ合わせ(同期)を難しくする。

実務メモ(計測の心得)

  • Pingは入口の指標。可視化には有用だが、最終判断は実トラフィック計測で行う。
  • 収集は平均・中央値・分位点RTT分布を取り、ジッタロス率も併記。可能ならキュー遅延の推定も。
  • 条件は再現可能に(時間帯、同時セッション数、帯域占有、パケットサイズ、送信間隔などを記録)。

1-2 同期ズレ(Desync)と表示補正

同期ズレ(Desync)とは、複数の端末が保持するゲーム状態(キャラクタ位置、体力、弾丸トレース等)が一致していない状態を指す。これを抑制する枠組みの一つがサーバーオーソリタティブ+リコンシリエーション(Server Reconciliation)である。

クライアントは入力を即時適用して体験を滑らかに保ちつつ、サーバーの“正史(権威状態)”が届いた時点で差分を補正する。補正は小さいほど知覚されにくいが、差が大きい場合にはスナップ(瞬間移動的な補正)やラバーバンディング(ゴムのように戻される挙動)として表面化する。

音楽の遠隔合奏に喩えると分かりやすい。各演奏者(クライアント)は自分のテンポで演奏を続けるが、指揮者(サーバー)の拍が届いたら微調整して合わせ直す。拍(権威更新)が遅れたり揺れたりすると、合奏は破綻し、聴衆(プレイヤー)は「今のズレたよね?」と違和感を覚える。

実務的には、描画は補間(interpolation)や外挿(extrapolation)で滑らかさを保ち、裏で状態は補正(reconciliation)する二層構造が一般的だ。補間は過去2点から間を滑らかにつなぎ、外挿は直近の速度・加速度から近未来を推定する。外挿が外れるほど、後段の補正量が増え、視覚的不一致が目立ちやすい。

1-3 ラグの3形態

オンライン同期で顕在化するラグは、大きく入力遅延型、予測補間型、ロールバック型の三つの設計思想に整理できる。どれも“矛盾をどこに押し込むか”の違いであり、絶対解はなくゲーム性・ジャンル・公正性要件に応じて選択される。

(A) 入力遅延型(Input Delay)

すべての入力を一定フレーム遅らせて処理し、全員の時間軸を揃える方式。格闘ゲームやリズム重視タイトルで歴史的に多用された。長所は一貫性で、ヒット判定やコンボ受付が全端末で整合しやすく、チートへの堅牢性も比較的高い。短所は操作のキレが鈍ること。仮に8F(約133ms)遅延を導入すると、ダッシュや差し返しの体感が重くなる。
経験則的に、RTTやジッタが大きいほど必要な入力遅延フレーム数を増やすが、過度に増やすとプレイアビリティが劣化する。よって実装では、可変遅延や動的バッファで妥協点を探る。

(B) 予測補間型(Client-side Prediction + Interpolation)

クライアントが未来を仮定して先に動かす方式。ローカル入力は即時反映し、他プレイヤーの位置・弾道は補間/外挿で滑らかに描く。サーバーから正史が届けば小さな差分を目立たない形で修正する。FPSやTPS、レースなど移動が連続的で、軽微な誤差が見た目に馴染みやすいジャンルと相性が良い。

長所は入力応答が軽いこと。短所は誤予測時の修正コストで、エッジケースでは「当たった/外れた」の判定が逆転する体感が生じる。ここで使われる代表的手法がラグ補償ヒットスキャン(Lag Compensation)で、サーバーが射撃受付時刻に相手の過去位置へ時間を巻き戻して判定する。理屈は通っても、極端な高Ping同士では被弾側の不公平感が増しうるため、運用では巻き戻し可能時間の上限やヒットボックス拡大の制約が設けられる【3】。

(C) ロールバック型(Rollback Netcode)

過去を巻き戻して再計算(再シミュレーション)する方式。各フレームでローカルは即時応答しつつ、リモート入力が遅着したら最後に合意済みのフレームまで時間を戻し、そこから現在まで高速に追いかけ再計算する。プレイヤー視点では、ローカル操作は軽快なまま、遅れて届いた真実で履歴を矯正するわけだ。

長所は入力の軽さと整合性の両立。特に離散的で入力依存性の高い格闘ゲームと相性が良い。短所は計算資源とエンジン設計への要求で、決定論的なシミュレーション(Determinism)、状態のスナップショット/差分保存、外部ノイズ(乱数・物理・非決定的I/O)の厳格管理が不可欠となる。さらに、巻き戻し後に見た目の破綻を抑える演出(微細な補間、エフェクトの再触媒、音の位相合わせ)が必要だ。

ロールバックはズレを“後で帳尻合わせる”思想であり、入力遅延型が「先に待つ」のに対し、こちらは「先に行って後で直す」。どちらも同じ矛盾(ネットワーク遅延)を扱うが、体感の置き場所が異なる。

実証的な見通し(Empirical Observation)

同条件での簡易シミュレーションを考える。60fps、平均RTT=80ms、ジッタ±20ms、ロス1%の環境を想定する。

入力遅延型:遅延バッファ8Fを設定すれば、Desyncはほぼ発生しない一方、全操作が平均+8F重くなる。ジッタの吸収は安定している。

予測補間型:ローカル操作は0〜1F相当で軽快。ジッタやロス発生時に他者表示が微小スナップ。銃撃判定はラグ補償に依存し、公平性設計(上限巻き戻し時間)で体感が変動【3】。

ロールバック型:ローカル操作は0F相当。ジッタ発生時に過去数Fへ巻き戻し→再計算が走り、見た目には瞬間的な補正やヒットの巻き直しがまれに見える。CPU/GPU負荷はピーク的に上がるが、平均は制御可能。

このように、同じネットワーク条件でも設計思想により体験のどこを守り、どこで歪みを引き受けるかが変わる。以降の章では、ロールバック方式の内部動作(状態保存・再シミュレーション手順)と、他方式との公平性・コスト比較を具体的に掘り下げる。

第2章 ロールバック同期の原理とアルゴリズム設計

2-1 ロールバックの基本思想

ロールバック方式(Rollback Netcode)は、「遅延を前提にした未来予測と過去修正」という発想から生まれた。オンライン対戦では、相手の入力がリアルタイムで届くことはない。もし通信に100msの遅延があれば、プレイヤーは常に6フレーム(60fps換算)遅れた相手の過去を見ていることになる。

この不整合を解決するために、ロールバック方式は「届かない間は予測で先に進み、届いた瞬間に正しい情報で再計算」する。言い換えれば、「未来を仮に進め、遅れた現実が届けば修正する」アルゴリズムである。
比喩的にいえば、これは「数手先を読むチェスプレイヤー」のような挙動だ。自分の判断で盤面を進め、後から相手の手が分かれば、その結果に合わせて盤面を巻き戻し、改めて最善手を再現する。

2-2 ロールバック処理の流れ

ロールバックアルゴリズムは、次の手順で進行する。

(1) 各プレイヤーが毎フレームの入力を送信(例:フレーム番号+ボタン状態)

(2) 入力が届くまでローカルで仮の入力を適用(前回の入力を保持するなど)

(3) 遅れて届いた正しい入力を受け取ると、その時点まで“時間を巻き戻す”

(4) 巻き戻した時点から現在まで、全てのフレームを再シミュレーション

(5) 再計算後の状態を描画に反映

簡単な擬似コードで示すと、以下のようになる。

for each frame:
input_local = read_input()
send(input_local)

if remote_input not yet received:
use(predicted_input)
else:
use(remote_input)

simulate_frame() // 仮の未来を進める

if late_input_arrives:
rollback_to(last_confirmed_frame)
re_simulate_to(current_frame)

この方式では、「遅延を感じにくくする代わりに、内部で頻繁に過去を再計算している」。
視覚的には滑らかだが、CPUやメモリへの負荷が大きく、最適化設計が重要となる【4】。

2-3 再シミュレーションの要件

ロールバックを成立させるには、ゲームエンジン側に決定論性(Determinism)が必要である。すなわち、同じ入力列と初期状態からは常に同じ結果が出なければならない。
このため、以下のような制御が行われる。

  • 乱数シードを固定する(ランダムヒット演出やドロップ処理の再現性確保)
  • 物理エンジンの計算順序を統一する(浮動小数点の誤差を抑制。必要に応じて固定小数点やプラットフォーム差異の回避を検討)
  • 固定タイムステップ(Δt一定)で更新
  • ネットワーク以外の非決定要素(I/O、時刻依存処理)を排除(実時間参照は巻き戻しと矛盾しやすい)

さらに、再計算のためにはフレームごとの状態保存(スナップショット)が必要になる。
メモリコストを抑えるため、フルコピーではなく「差分スナップショット(Δ state)」を保存し、必要時のみ過去状態を再構築する方式が一般的だ。

2-4 実装例:GGPOのモデル

代表的な実装が、Tony Cannon氏によるGGPO(Good Game Peace Out)である。
GGPOは2009年に格闘ゲーム向けに開発されたP2P型のライブラリで、各クライアントが独立して全シミュレーションを保持し、「入力のみ」を相互に交換する。近年は2019年にオープンソースとして公開**され、実装知見が広く参照可能になっている【3】。
特徴的なのは以下の3点だ。

  • 入力予測+巻き戻し再計算による軽快な操作感
  • P2P通信による低遅延化(サーバーを介さず直接入力を交換)
  • 可変巻き戻しウィンドウ(通信状態に応じて最大巻き戻しフレーム数を調整)

この方式により、たとえ100msの遅延があってもローカルでは即時反応が得られる。
ただし、頻繁な再シミュレーションはCPU負荷とメモリ消費を伴うため、格闘ゲームなど状態数が比較的少なく明確な入力依存性を持つジャンルに最適化されている。

2-5 入力予測と誤差処理

ロールバックの要は「届かない入力をどう仮定するか」にある。主な手法は以下の通り。

  • 最後の入力を保持(Hold Last Input):前回の入力を継続。多くの格闘ゲームで採用。
  • 中立状態に戻す(Neutral Fallback):動作停止を仮定し、誤差を最小化。
  • 移動速度の外挿(Extrapolation):移動系のゲームで滑らかに見せる。

誤った予測は、後から届いた正しい入力で修正される。この修正によって発生する「瞬間的なキャラの位置変化」などを、開発者は演出レベルで隠蔽する必要がある。
たとえば、アニメーション補間やヒットエフェクトの遅延表示、微小なカメラ補正などで「巻き戻しの違和感」を減らす工夫が行われている。

2-6 通信モデルと負荷設計

ロールバック型の通信は基本的にP2P構造であり、各クライアントが互いに入力情報を直接送受信する。
1人あたりの帯域は非常に小さく、ボタン情報数バイトを毎フレーム交換する程度で済む。
一方で、NAT越えやリレー中継(TURN 等)が必要になる場合は、追加ホップや中継処理の分だけ遅延・ジッタが増加し得る。これを吸収するために、入力を数フレーム分バッファリングしてから再生するジッタバッファが導入される。

また、ロールバックの上限を決めるパラメータとしてMax Rollback Framesがある。
たとえば、RTTが80msで60fpsの環境なら、
80ms ÷ 2 ÷ 16.67ms ≒ 2.4フレーム
となり、安全マージンを加えて4〜6フレームの巻き戻しが妥当とされる。

補足(実装上の留意):この上限はネットワークのジッタ分布、入力バッファ/レンダリングパイプラインの待ち行列、物理/AI更新の計算量ピークなど非通信要因にも影響される。したがって、設定は理論値に固定せず、スパイク時(ロス・遅延突発)を含むワーストケースの負荷計測で検証し、“巻き戻し回数×再シム時間がフレーム予算内に収まる”ことを基準に運用調整するのが安全である【4】。

2-7 ロールバック設計の利点と課題

利点

  • 操作遅延がほぼゼロ(ローカル即応)
  • 低〜中遅延環境での体感品質が高い
  • 状態整合性を保ったままスムーズなプレイが可能

課題

  • 決定論的シミュレーションの設計難度が高い
  • CPU・メモリコストが大きい(再計算負荷)
  • 大規模人数戦(MMO、100人対戦)には不向き
  • 巻き戻し時の視覚的違和感(スナップ現象)を演出で隠す必要がある

ロールバックは「技術的には複雑だが、体感的には最も自然」な方式であり、格闘・アクション・対戦シューターなど1対1~少人数の精密入力ゲームにおいて特に有効である。

2-8 まとめ

ロールバック方式は、遅延を完全に消すことはできないという現実を受け入れたうえで、「体感的リアルタイム性を維持する」ために考案された設計思想である。
その鍵は、未来予測・過去修正・決定論的再現性の三位一体にある。
次章では、この方式をサーバーオーソリタティブ型や予測補間型と比較し、公平性・チート耐性・負荷の観点から分析する【4】。

第3章 ラグ補正アルゴリズムの比較と進化

3-1 同期方式の全体像

オンラインゲームの「同期方式」は、どの要素を信頼源(Authority)とするかによって大きく分かれる。
主要な3方式――

  • サーバーオーソリタティブ(Server Authoritative)方式
  • クライアント予測型(Client-side Prediction)方式
  • ロールバック方式(Rollback Netcode)

それぞれ整合性・操作性・負荷分散のバランスが異なる。

方式主な構造長所短所主な採用ジャンル
サーバーオーソリタティブ中央サーバーが正史を決定チート耐性が高い/公平入力遅延が増える/操作感が重いMMO, FPS, MOBA
クライアント予測+補正各端末が未来を仮定/サーバーで整合反応が軽い/負荷分散誤補正や「被弾の理不尽」感TPS, FPS, レース
ロールバック方式双方が独立に計算/過去を修正操作レスポンス最良/整合性保持CPU負荷/実装難度/視覚的破綻格闘, 対戦アクション

つまり、同期設計とは「どこで矛盾を引き受けるか」の選択である。サーバー方式は公平性を最優先するが、遅延が明確に現れる。予測型はスムーズさを優先するが、誤判定の補正で体験が揺れる。ロールバックは入力応答を優先しつつ、内部で時間の整合を取る。この3つは「正確さ・軽快さ・安定性」という三角形の頂点を分け合う関係にある。

3-2 サーバーオーソリタティブ方式との比較

サーバーオーソリタティブ方式では、すべてのプレイヤー入力をサーバーが受け取り、状態更新を一元的に決定する。各クライアントはサーバーから送られる結果を受動的に描画する立場にある。この構造により、不正入力の改竄防止やチート耐性に優れる一方で、入力応答は遅くなりがちだ。

例として、Pingが80msの場合、片道40msの遅延が発生する。
FPSにおいてはこの遅延を緩和するためにラグ補償射撃(Lag Compensation)が用いられる。これは、プレイヤーが射撃した時刻における相手の過去位置をサーバー側で再現し、「当時の状態に巻き戻して命中判定」を行う技術である【3】。
これは一種の「サーバー版ロールバック」といえるが、対象は局所的で、ゲーム全体を再計算するわけではない。

この手法は公平性を担保する反面、「高Pingプレイヤーほど有利に感じられる」問題を引き起こす場合もある。なぜなら、相手が過去に存在した位置を参照して命中判定を行うため、低遅延プレイヤーから見ると“避けたのに当たった”ように見えるのだ。
よって、サーバー方式の課題は体感上の不公平感の最小化にある。近年では、ヒットボックスの巻き戻し時間に上限を設けたり、Ping差に応じて判定を調整する手法が導入されている【3】。

3-3 クライアント予測+補正方式との比較

クライアント予測型(Client-side Prediction)は、サーバーの応答を待たずにローカルで即座に結果を描き出し、後で整合を取る。
たとえば、移動操作なら、キーを押した瞬間にキャラクタを動かし始め、サーバー結果が届けば位置を補正する。この「先に見せて、後で正す」設計により、遅延の知覚を最小限に抑えられる。

ただし、誤予測時には「瞬間移動(Snap)」や「ラバーバンディング」などの視覚的異常が発生する。特にレースゲームやオープンワールド系タイトルでは、移動距離が大きいため補正幅も大きくなり、違和感が顕著になる。
これに対し、ロールバック方式は「全体を時間で巻き戻す」ことで整合を取るため、個別補正よりも全体の一貫性が保たれる。また、プレイヤーが操作するキャラクタ(自分自身)は常にローカル基準で反応するため、体感遅延が極めて小さい。

一方で、ロールバックは複数の世界線を一時的に計算する構造上、CPU負荷が高く、物理演算やAI処理を巻き戻す設計が難しい。そのため、MMOやバトルロイヤルのような大人数・複雑シミュレーションには不向きである。

3-4 AI・機械学習による予測の進化

近年では、従来の単純な「最後の入力保持」や「速度外挿」に代わり、機械学習による行動予測モデルを導入する研究が進んでいる。
ニューラルネットワークを用いて過去の入力履歴からプレイヤーの次の操作確率を推定し、予測誤差を学習的に最小化する試みだ【5】。

しかし、AI予測は「外れたときの補正コスト」が問題となる。高精度モデルでも予測誤差が連続すると、巻き戻し回数が増加し、結果的に負荷と視覚的破綻が増える。
したがって、現行実装ではAIを完全に信頼せず、「確率が高いときだけ採用」「一定信頼度未満ならニュートラル入力に戻す」など、確率的制御(Probabilistic Blending)を組み合わせる方式が主流になりつつある。

この「AIによる入力補完」は、将来的にロールバックの巻き戻し頻度を減らす方向で発展すると見られるが、商用での広範な標準実装はまだ過渡期である。通信品質の揺らぎを学習し、プレイヤーの操作傾向とネットワーク特性を同時に予測する研究が続いている【5】。

3-5 体験品質(UX)の観点からの比較

三方式のUXプロフィール

方式体験の傾向向き/弱み
入力遅延型常に安定。ただしもっさり感が強い格闘・音ゲーで致命的になりやすい
予測型一見スムーズ。だが瞬間補正が出ると没入感が崩れる誤補正が視覚・手応えに違和感を残しがち
ロールバック型操作は軽快。巻き戻し時に一瞬の違和感が出ること違和感の可視化をどう隠すかが鍵

技術的精度だけでなく、プレイヤーが感じる**“軽さ・素直さ・違和感の出方”**が方式ごとに明確に異なる。


違和感を減らすための“見せ方”設計

  • 錯覚的補正(演出):ヒット演出などを文脈依存で数十ms遅らせて再生し、**「当たった瞬間」**のズレを自然化する。
  • 実例(一般的説明):対戦格闘**『ストリートファイター6』や『Guilty Gear -Strive-』では、巻き戻し時の同期調整を目立たせないよう、アニメーション補間と入力バッファ制御を併用している(公表情報に基づく一般的説明)【9】。
    → ポイントは、正確さの回復と見た目の連続性を同時に**担保すること。

知覚的ガードレール

  • 反応の主観(HCIの古典的知見)【6】
    • 0.1秒(100ms)即時と感じやすい目安
    • 1秒思考の連続が保てる上限
    • 10秒超注意が逸れやすい
  • AVリップシンクの許容(ITU-R BT.1359-1)【7】
    • 検知閾:音先行 +45ms/音遅延 −125ms 程度
    • 許容範囲:音先行 +90ms/音遅延 −185ms 程度
  • 遠隔合奏の協調【8】
    • 約30ms前後超顕著に困難化する傾向(ジャンル依存)

実装上の指針:このレンジを**“知覚的ガードレール”**としてUI/演出・入力処理を設計し、

  1. 見た目の連続性(補間・エフェクト遅延)
  2. 操作の軽さ(入力バッファ・ロールバック窓)
  3. 補正の露出最小化(補正頻度・タイミング制御)
    をバランスさせるのが合理的。
  • 入力遅延型は安定性↔軽快さのトレードオフ、予測型は補正露出の制御、ロールバック型は**巻き戻しの“見せ方”**が要。
  • いずれも、数十ms級の知覚特性を踏まえた演出×入力処理の協調が、UXの分水嶺になる【6】【7】【8】【9】。

3-6 ハイブリッド方式の登場

最近のオンラインタイトルでは、これら三方式をハイブリッド化して採用する動きが見られる。
たとえば、基本はサーバーオーソリタティブ構造でチート耐性を確保しつつ、クライアント側でロールバック相当の短期巻き戻し再計算を行う手法である。
このモデルは「分散オーソリティ型(Distributed Authority)」と呼ばれ、サーバーの信頼性とクライアントの応答性の中間点を狙っている。

また、P2Pロールバックとサーバーリレーを組み合わせ、遅延の少ない経路を自動選択するアダプティブ通信モデルも開発されている。
今後のネットワークインフラ(5G/6G/エッジサーバー)の発展により、これらのハイブリッド手法が標準的な同期設計として定着する可能性が高い。

3-7 まとめ:公平性と快適性のトレードオフ

オンライン同期は、「どこまで正確さを守り、どこで快適さを優先するか」という永遠のジレンマの上に成り立っている。
サーバー方式は「全員に同じ結果を保証」するが、体感は鈍くなる。
ロールバック方式は「個人の操作感を保証」するが、内部では頻繁に修正が走る。
どちらが優れているというよりも、ジャンルごとの“重心の置き方”が異なるのだ。

プレイヤーが「自分の操作が思った通りに動いた」と感じること、それがすなわちリアルタイム体験の信頼性である。
その信頼をどのような技術で実現するか――それこそが、ラグ補正アルゴリズムの本質的な設計思想といえる。

第4章 ラグの未来 ― 分散同期とメタバースへの展開

4-1 エッジコンピューティングと遅延分散

オンライン同期技術は、通信インフラの発展とともに大きな転換点を迎えている。従来の「中央サーバー方式」では、地理的距離がそのまま物理的遅延(Propagation Delay)に直結していた。たとえば、東京とニューヨーク間では光速伝播でも片道およそ数十ms〜約70ms規模の遅延が理論的に見込まれ、これにルーティング・キューイング遅延を加えると100msを超えることもある。

この根本的な制約を条件次第で緩和し得る鍵が、エッジコンピューティング(Edge Computing)である。
※補足:光ファイバ中の信号伝搬速度は真空中の光速の約2/3(≒2×10^8 m/s)で、換算すると約4.9〜5.0 μs/1km(≒約5μs/km)。距離は下限遅延の主要因であり、さらに経路の蛇行や装置遅延・キューイングが加わるため、実効RTTは増加する【10】。

エッジコンピューティングとは、ユーザーに地理的に近い地点(ISPノード、基地局、地域DCなど)でゲーム処理を中継・分散させる仕組みである。
たとえば、クラウドゲームやメタバース環境では、物理サーバーを各地域に配置し、入力処理・描画・同期を部分的に分担する。これにより、アプリケーションや配置によっては往復遅延(RTT)が大幅に短縮される事例が報告されている【11】。

ロールバック方式においても、エッジノード上で入力集約と差分検証を行うことで、巻き戻し回数や再計算負荷を局所的に抑制する試みが進んでいる。これはいわば、「ロールバックのローカルキャッシュ化」であり、局所整合を維持しながらグローバル整合を非同期的に反映する仕組みである。

4-2 メタバース時代の同期課題

メタバースや大規模ソーシャルVRでは、数百〜数千人規模の同時接続が前提となる。ここで問題になるのが、一貫した“現実感”を保つための同期設計である。
小規模対戦で用いられるロールバックやクライアント予測は、参加者が限定的であることを前提に成立している。しかし、メタバースでは全員が異なる通信条件・物理距離・処理性能を持ち、同じイベントを同時に体験することが難しい。

このため、次世代の同期システムでは「全員が同じ世界線を共有する」ことを目指すよりも、局所的に整合した“相対的リアリティ”を構築する方向にシフトしている。
具体的には、以下の3層モデルが検討されている。

  • ローカル層:各ユーザーが最も低遅延で操作できる範囲。個人のロールバック処理が行われる。
  • リージョン層:近距離プレイヤー間で高頻度同期を行い、局所的一貫性を確保。
  • グローバル層:全体的な状態整合は低頻度で更新。

この構造をマルチレイヤー同期(Multi-Layer Synchronization)と呼ぶ。要は、全員が同一の世界を完全共有するのではなく、局所的に整合した世界を繋ぎ合わせることで体験的な“リアルタイム”を再構築する考え方だ。
これは、相対性理論における「観測者の時間差」にも似ている。各プレイヤーは異なる時間軸で行動しているが、観測される現象の秩序(整合)は保たれているのである。

4-3 分散型同期(Distributed Rollback)の構想

ロールバック方式の応用として注目されるのが、分散ロールバック同期(Distributed Rollback Synchronization)である。
これは、複数のノードがそれぞれ部分的に状態を保持し、必要に応じて相互に「巻き戻し要求」を発行するモデルである。
従来のロールバックは1対1または少人数P2Pを前提としていたが、この方式では各ノードが状態の“責任領域”を持ち、他領域と差分のみを共有する。

たとえば、オープンワールド型のメタバースにおいて、プレイヤーAとBが近接する場合、その領域のみを高精度ロールバック同期で管理し、遠隔プレイヤーCやDは低頻度更新にとどめる。これにより、全体負荷を分散しつつ、近接体験のリアリティを保てる。
この仕組みは、データベース理論でいう可用性・整合性・分断耐性(CAP定理)のトレードオフに似ており、「局所整合を優先し、最終的整合性(Eventual Consistency)で全体を揃える」思想に近い。

関連基盤としては、たとえばNVIDIA Omniverseのように OpenUSD と Nucleus を用いてマルチユーザー・マルチアプリ間でシーン状態を共有・同期する分散シミュレーション基盤が注目されている。ここでは、ノード間で差分状態(レイヤ/バージョン)を交換し、必要に応じて局所的な再計算や再合成を行う。将来的には、ロールバック技術がこうした差分同期・最終的整合性の枠組みの中で再定義される可能性がある【12】。

4-4 確率的同期と“許容されるズレ”の時代

完全な同期を目指すのではなく、「許容されるズレ(Tolerable Inconsistency)」を前提とする新しいパラダイムも登場している。
これは、物理世界と同様に、少しの遅れやずれが自然に感じられるような体験設計である。
心理学的研究によれば、人間が遅延や時間差をどの程度まで「リアルタイム」と錯覚するかは文脈に依存し、おおむね数十〜百数十msの範囲に閾値が存在するとされる【6】。

この特性を利用し、ゲーム側が意図的に演出遅延を挿入することで、実際の通信遅延を目立たなくする技術が検討されている。たとえば、ヒット時のエフェクトやサウンドを文脈に応じた短い遅延で再生することで、プレイヤーの反応と映像を心理的に同期させる、いわば「認知的ロールバック(Cognitive Rollback)」とも呼べるアプローチだ。
このように、「完全な物理的同期」ではなく「知覚的同期」を設計する方向へ、今後の研究は進むと考えられる。

4-5 量子ネットワークと同期の再定義

さらに遠い未来には、量子通信(Quantum Networking)がオンライン同期の概念に新しい視点をもたらす可能性がある。
もっとも、量子もつれ自体は超光速通信を実現しない(No-Communication Theorem)。現行の理論枠組みでは、情報伝達には依然として古典チャネルが必要であり、遅延そのものを消し去ることはできない。
現実的な展望としては、量子計測・高精度クロック配布・量子リピータ等によって分散システムの時刻同期精度を高める方向が想定される。これにより、状態比較や合意形成のジッタ低減・ドリフト抑制といった間接的効果が期待される【13】。

仮に量子ネットワークが広域で実用化されれば、ゲーム同期は「遅延補償」そのものではなく、高精度な時刻共有と確率的整合を軸に再設計されるだろう。すなわち、通信を介して状態を共有するのではなく、時刻参照の精度を高めて“ズレを小さくコントロールする”構造だ。これは、現代のロールバック技術が目指す「遅延を感じさせないリアルタイム性」を、計測・時刻同期の側面から補強する発想である。

4-6 今後の研究と実装への提言

今後のオンライン同期研究において、注目すべき方向は以下の三点に集約される。

(1) 局所整合型ロールバックの自動最適化
 AIがネットワーク状態を解析し、最適な巻き戻しウィンドウや補間方式をリアルタイムで切り替える。

(2) 心理的リアルタイム性の定量化
 人間が「遅延を感じない」と判断する閾値を、デバイス・ジャンル・文化圏別にデータ化。UX設計への応用。

(3) 分散同期標準の策定
 IEEEやISOなどによるロールバック同期APIの標準化と、エンジン間の互換性確立。

ロールバック方式は、単なるネットワーク技術ではなく、「時間と現実感の設計」という新しい領域に踏み出している。
エッジ環境やメタバース、AI補助と融合することで、オンライン体験は「遅延のないリアリティ」から「遅延を含めたリアリティの再構築」へと進化していくだろう【11】【12】。

第5章 結論 ― ラグを「技術的に理解する」という視点

5-1 ラグは“現象”ではなく“設計”である

本稿を通して見えてきたのは、ラグとは単に通信回線の遅延ではなく、システム設計上の選択によって形を変える現象であるという点である。
通信遅延は物理的に避けられないが、その影響をどこで吸収するか――「入力を遅らせるのか」「未来を仮定するのか」「過去を修正するのか」――によって、プレイヤーが感じる“重さ”や“不公平さ”が全く異なる。
つまり、ラグは「技術的バグ」ではなく「設計上のトレードオフ」であり、どの方式を選ぶかはジャンル・ゲーム哲学・プレイヤー体験に直結する判断である。

5-2 ロールバック技術の本質:時間の再編集

ロールバック方式の核心は、過去の再計算によって未来の自然さを保つという逆説的な発想にある。
プレイヤーにとって重要なのは「入力と反応の即時性」であり、通信の正確性よりも感覚的リアリズムが優先される。ロールバックはこの感覚を守るために、内部では何度も時間を巻き戻し、再シミュレーションを繰り返す。
言い換えれば、それは“時間編集アルゴリズム”である。ゲーム世界の時間軸を切り貼りしながら、あたかも遅延が存在しないかのように再構築する。
この考え方は、今後のメタバースやクラウド同期環境においても重要な基礎概念となるだろう【4】。

5-3 公平性・快適性・演出性の三軸での最適化

オンライン同期の最適解は一つではない。
現実的な設計指針としては、以下の三軸の均衡点を探る必要がある。

  • 公平性(Fairness):全プレイヤーに等しい結果を保証する。
  • 快適性(Responsiveness):操作遅延を最小限に抑え、直感的な反応を得る。
  • 演出性(Perceptual Consistency):知覚的違和感を抑え、体感的リアルタイム性を保つ。

サーバーオーソリタティブ方式は公平性を極め、ロールバックは快適性を追求し、補間技術や演出は演出性を支える。
今後の設計では、これら三要素をAI・エッジ・心理モデルなどの技術で動的に最適化する方向が現実的である【11】。

5-4 「ラグのない世界」ではなく「ラグを感じない世界」へ

エッジコンピューティングや6G、AI予測によって、遅延自体は物理的に縮小し続けている。
しかし、ゼロラグ(遅延ゼロ)を完全に実現することは物理法則上不可能であり、重要なのは「遅延を知覚させない体験設計」である。

ヒットエフェクトやUIの反応は、用途に応じた知覚閾値(だいたい数十〜百数十ms)内に収めるだけで「リアルタイムに動いている」と感じやすい。HCIの古典では約100msが“即時”の目安【6】で、AVのリップシンクでは

検知閾:音先行+45ms/音遅延−125ms
許容範囲:音先行+90ms/音遅延−185ms

が示される【7】。つまり、今後のオンラインゲームは技術的な低遅延と心理的な補償(演出・UI設計)を組み合わせる二層構造で進化していくと考えられる。

ロールバック方式は、この方向性の最前線にある。
通信の遅れを「欠陥」ではなく「前提」として設計することで、ゲームはプレイヤーの知覚世界そのものを最適化する技術へと変わりつつあるのだ。
(※数値はデバイス・コンテンツ・文化圏による差異があり、実運用では対象ジャンルのユーザテストに基づく最適値のチューニングが推奨される。)

5-5 開発者・研究者への提言

今後、オンライン同期を設計する上で開発者が意識すべき指針を整理すると、次のようになる。

測定から設計へ:Ping値やRTTの統計を根拠に、巻き戻しフレーム・補間幅を定量的に決める。

決定論の担保:物理・乱数・入力順序など、再現性を保証するための“決定論的環境”を構築する。

UXファーストの同期:数値上の遅延よりも、プレイヤーの「違和感の有無」を最重要指標とする。

AIとエッジの活用:動的最適化と地域分散処理を組み合わせ、遅延の知覚を個別に最適化する【11】。

倫理的透明性:ラグ補正の方式や制限(巻き戻し幅・公平性のルール)を開示し、プレイヤー体験の透明性を確保する。

オンライン体験を「快適にする」だけでなく、「どのように快適に見せるか」を制御することが、これからのネットコード設計の要諦である。

5-6 総括:ラグ理解が体験価値を変える

ラグを理解するとは、現象を正確に捉えることであると同時に、人間の知覚の構造を理解することでもある。
ロールバック方式は、その両者を橋渡しする技術であり、時間・通信・知覚という異なる三領域を一つのシステムに統合する。
プレイヤーが「今まさに動いている」と感じる瞬間、その裏では複数の時間軸が整合し、過去と未来が再計算されている。
この構造の美しさを理解することこそ、ラグという現象を“技術的に超越する”第一歩である。

参考文献

【1】ICMP優先度・レート制限に関する実装資料(例:Linux icmp_ratelimit の解説、ネットワーク機器のQoS/ACLドキュメント)。
【2】RFC 8289: The CoDel AQM Algorithm; RFC 8290: The FQ-CoDel Scheduler and AQM Algorithm(Active Queue Management による遅延抑制の標準化)。
【3】Lag Compensation と実装解説(例:Valve Developer Community「Lag compensation」「Source Multiplayer Networking」);および GGPO の公開情報(OSS 化アナウンスと GitHub 公開、方式概要)。
【4】Unity Technologies, Netcode for Entities ドキュメント(Prediction/Rollback & Resimulation:予測→巻き戻し→再シムの設計と実例)。
【5】IEEE Transactions on Games 等:オンラインゲームにおける学習ベースの入力予測(確率的制御や誤差最小化の研究)。
【6】Nielsen Norman Group, “Response Times: The 3 Important Limits”(0.1s/1s/10s のHCI目安)。
【7】ITU-R BT.1359-1(AVリップシンク許容と検知閾の技術勧告;要約解説資料を含む)。
【8】Networked Music Performance(遠隔合奏)における遅延閾値のレビュー論文・報告(目標30ms未満の実務目安)。
【9】商用タイトルにおけるロールバック導入・調整の開発者公開情報(例:『Street Fighter 6』『Guilty Gear -Strive-』の開発者ブログや講演資料)。
【10】光ファイバ伝搬遅延(≈4.9〜5.0 μs/km、伝搬速度 ≈2×10^8 m/s)の技術解説・業界資料。
【11】IEEE Communications Magazine 等:低遅延インタラクティブ・アプリケーションのためのエッジコンピューティング動向・事例。
【12】NVIDIA Omniverse ドキュメント(OpenUSD/Nucleus/Live Sync:差分レイヤ・バージョンによる分散同期の基盤)。
【13】Nature Photonics 等:量子ネットワークに基づく高精度同期・時刻配布・量子リピータのレビュー(No-Communication Theorem を踏まえた同期精度向上の展望)。

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